Univers Zero 🇯🇵

I live in japan. I am a 50s man living in the countryside. In principle, I’m updating every day. You can repost without asking me.

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だんだんアタイの居場所がなくなるにゃあ🙀

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2月10日訪問。茨城県つくば市筑波1番地、神社本庁の別表神社、筑波山神社。画像は境内の老木御神木、大杉。推定樹齢は800年。とても立派な巨木です。手前では、伝統芸能、ガマの油売りの実演中でした。2013年、「筑波山ガマの油売り口上」としてつくば市認定地域無形民俗文化財第1号。 「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚……」

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2月10日訪問。茨城県つくば市筑波1番地、神社本庁の別表神社、筑波山神社。画像は参道途中の狛犬です。右側左側です。阿吽が逆です。

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2月10日訪問。茨城県つくば市筑波1番地、神社本庁の別表神社、筑波山神社。画像は随身門の手前にある神橋。県指定文化財の「御神橋」。切妻造小羽葺屋根付、間口1間、奥行4間の反橋(そりはし)で、寄進者は徳川幕府3代将軍徳川家光。元禄15年(1702年)には5代将軍徳川綱吉により改修されております。私も当日はここを渡りました。3枚目は境内入口の鳥居。5枚目は牛🐮の像。撫で牛か? いや、地元筑波さんろく 紫峰牛の像だそうです。地元業者の奉納品でしょう。最後は社号標。

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2月10日訪問。茨城県つくば市筑波1番地、神社本庁の別表神社、筑波山神社。当日&翌日無料の駐車場に車を置いて、まずは旧・筑波山知足院の大御堂(坂東第二十五番札所)を、と思いきや、御堂がないじゃありませんか! 現在、「大本山護国寺別院 筑波山大御堂本堂・客殿新築工事」として、2020年3月完成を目指して工事中🚧でした。鐘楼だけしかありませんでしたが、仮説のプレハブ本堂で御朱印は貰えます。300円。

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2月10日訪問。茨城県つくば市筑波1番地、神社本庁の別表神社、筑波山神社。この年になって初めての訪問です。画像は路上の大鳥居。因みに、大鳥居はここ以外にもあります。何せ、筑波山自体が境内ですからね。

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2月10日訪問。茨城県つくば市泉2348、「虫封じ祈願」をする「泉のお観音様」、真言宗豊山派の寺院、「泉子育観音」勢光山 慶龍寺。画像は本堂?の柱のレリーフ獅子像。似たようなものは成田山でも見かけました。

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2月10日訪問。茨城県つくば市泉2348、「虫封じ祈願」をする「泉のお観音様」、真言宗豊山派の寺院、「泉子育観音」勢光山 慶龍寺。画像は本堂?しょうか。御本尊は弘法大師作と言われる子育出世正観音像。2枚目は本堂正面の彫刻。最後は御朱印。300円。

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2月10日訪問。茨城県つくば市泉2348、「虫封じ祈願」をする「泉のお観音様」、真言宗豊山派の寺院、「泉子育観音」勢光山 慶龍寺。1、2枚目は狛犬です。右側左側です。3枚目は子授観音菩薩立像。4枚目は境内の御堂。

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10001枚目。ヌコ。タラちゃん

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記念すべき1万投稿目。2月10日訪問。茨城県つくば市泉2348、「虫封じ祈願」をする「泉のお観音様」、真言宗豊山派の寺院、「泉子育観音」勢光山 慶龍寺。1、2枚目は寺院の入口。隣あっておりました。3枚目は鐘楼、最後は手水舎。中に立派な仏像がありました。

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2月10日訪問。茨城県つくば市大形1356、大形地区にある鹿島神社(大形鹿島神社)。画像は本殿の装飾彫刻。茨城県指定有形文化財。素晴らしいですね。

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五輪に夢中の猫ちゃんです

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2月10日訪問。茨城県つくば市大形1356、大形地区にある鹿島神社(大形鹿島神社)。1、2枚目は拝殿です。4枚目は今では珍しくなった二宮金次郎の立像。今の二宮金次郎像は座っているそうですから。最後はおそらく境内社の愛宕神社。最近、立て直しされたのでしょうか。

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2月10日訪問。茨城県つくば市大形1356、大形地区にある鹿島神社(大形鹿島神社)。大形児童館に車を止めさせて頂きました。画像は神社入口の一の鳥居。近くには「大形尋常小学校入口」という石柱がありました。尋常小学校がかつてこの境内にあったのでしょうか。3、4枚目は如意輪観音や地蔵菩薩。最後は二の鳥居。

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2月10日訪問。茨城県つくば市栗原1129、真言宗豊山派の寺院、七宝山 医王院 北斗寺。通称、「妙見さま」。日本三北斗第一霊場。1、2枚目は観音菩薩立像。以下、如意輪観音、不動明王像、等。御朱印の確認はしませんでした。

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2月10日訪問。茨城県つくば市栗原1129、真言宗豊山派の寺院、七宝山 医王院 北斗寺。通称、「妙見さま」。日本三北斗第一霊場。創建は821(弘仁12)年。1枚目は本堂?かな。御本尊は妙見信仰の妙見菩薩。「菩薩」とは言っても、ジャンル的には大黒天や毘沙門天、弁才天と同じ天部に分類されているそうです。以下、古そうな宝篋印塔、鐘楼、山門。

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2月10日訪問。茨城県つくば市玉取2617、一ノ矢八坂神社。2度目の訪問です。画像は境内(というより自動車駐車場の敷地内)の一角にあった境内社、岩大日社(室大日祠)。御祭神は大日孁貴(オオヒルメノムチ)。天照大神(あまてらすおおみかみ)の異称。木の根元には石造大日如来坐像。

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2月10日訪問。茨城県つくば市玉取2617、一ノ矢八坂神社。2度目の訪問です。画像は本殿の彫刻。県指定文化財。立派なものでした。御祭神は、素戔嗚尊(午頭天王)。

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2月10日訪問。茨城県つくば市玉取2617、一ノ矢八坂神社。2度目の訪問です。画像は拝殿です。市指定文化財。2枚目は社殿の左側の社務所らしき建物。因みに、御朱印は電子御朱印のみ。3、4枚目は境内社の天満宮、稲荷社。最後は境内の印象的な樹木。

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2月10日訪問。茨城県つくば市玉取2617、一ノ矢八坂神社。2度目の訪問です。画像は拝殿手前、参道狛犬です。右側左側です。

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2月10日訪問。茨城県つくば市玉取2617、一ノ矢八坂神社。通称、「一ノ矢の天王様」。2度目の訪問です。広い駐車場に車を置きました。画像は神社入口付近の鳥居。最後は手水舎。筑波研究学園都市のほぼ中央に位置する神社ですが、社地は広大で、とても清々しい雰囲気の神社です。

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では、good night

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。画像は大師石仏。ずらりと揃った弘法大師の石仏群です。以下公式サイトの解説より。

今から凡そ二十五年前、岡野宮之助、小川茂の二人の翁が一大決意してして自らの手でお寺の竹山を厄除け大師にちなんで四十二間の横室を掘り、毎日小さいみかん箱に土を引っ張って二年間で掘りあげた。両側に大師像を各家が奉納して六十体余り、コンクリートを塗った横穴に排水が無く水が溜るので現在では本堂東側に安置されお詣りされている。岩室は今もそのままになって残されているが危険なため閉鎖されている。

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。真言宗豊山派総本山長谷寺の末寺でもあります。1、2枚目は本堂。3枚目は御朱印。300円。貰ってから気付いたのですが、日付、間違っております。まちがいなく、2月10日訪問。以下、公式サイトの英語解説。

According to the history of the temple, Ampuku-ji Temple was founded in the mid-Kamakura Period. In the first year of Bunmei Period (1469), the priest Ryoei, who was a disciple of the sixth chief priest of Nagakuni Daishou-ji Temple, restored Ampukuji-Temple. Ryoei became the first chief priest of Amuku-ji Temple after the restoration and constructed a large temple edifice. Although the edifice was destroyed by fire in Genroku Period, it was later reconstructed and has been the center of “faith in Kohboh-daishi”. Officially called Kongozan Muryojuin Ampuku-ji Temple, the temple is one of the old temples that belong to the Buzan School of the Shingon Sect of Buddhism.

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。画像は「つくばとげぬき地蔵尊」。3枚目は大師堂。以下、公式サイトの英語解説。

Shohsai, the 38th chief priest of Ampuku-ji Temple built the 40th pilgrimage temple in honor of Kohboh-daishi, in the 31st year of Showa Period, together with followers of Kohboh-daishi. The sedentary image of Kohboh-daishi is placed in the hall to drive away evil spirits. Members of each local Buddhist assembly, making a pilgrimage, gather in the hall to participate in the grand religious service.

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。画像は「ぼけ封じぽっくり観世音」。この手のものは爺さん婆さんが足元に抱きつくスタイルが定番となっておるようです。3枚目は無縁五輪塔。以下、公式サイトの英語解説。

On the east side on the way to the main hall, mossy five-wheel pagodas and a stone image of Cintamanicakra (Nyoirin-kannon) are placed on gravestones. Remains of hundreds of Muenbotoke, or deceased people without any living relatives to pray for their soul, brought from various regions are laid to rest for eternal sleep under the pagodas, with their silent presence.

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。画像は万人講の大師堂。昭和初期に作られた小さなお堂に弘法大師の木造が安置されているそうです。以下は公式サイトの英語解説。

A wooden image of Kohboh-daishi is enshrined in Daishido, a small temple built early in Showa Period. Wood plates attached to the temple show the old record of donation, saying, for example, “donation: ten cents” or “donation: twenty cents”. Built at the top of the stone steps surrounded with a clump of trees, Daishido for manninko has long received worship from pious men and women, who can have the honor of seeing the peaceful face of Kohboh-daishi here.

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。画像は境内の七福神像。7対すべて揃っておりました。1枚目は恵比寿と弁天様、2枚目は大黒天と寿老人、3枚目は福禄寿と毘沙門天、最後はちょっと怖い顔の布袋様。

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2月10日訪問。茨城県つくば市西大橋459、真言宗豊山派の寺院、金剛山 無量寿院 安福寺(anpukuji)。創建は鎌倉時代中期。画像は火ぶせ大師と呼ばれている石造地蔵菩薩坐像。火災にまつわる伝説があるのでしょうか。

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